ショートショートの玉手箱

ショートショートや短編小説を書きます。ときどきエッセイも。 中の人: 都内在住の会社員。大体三十歳。

掃除人(グリム童話『ヘンゼルとグレーテルより』)

 男はその遊園地で掃除人を務めていた。園内に落ちている埃やら紙くずやらポップコーンやらを箒で掃いて回る、あの掃除人だ。


 その仕事は一見すると単純で味気のないものに感じられるが、実はとても奥が深い。もちろん、手を抜こうと思えばいくらでも手を抜ける。男の知り合いにも、ただごみを掃いて回るだけの人間はそれこそ掃いて捨てるほどいた。


 しかし男は違った。自らの仕事に誇りを持っていた。


 例えば休日。園内の地面は来場者で埋め尽くされる。彼らの動きを妨げることなく足元のごみを除去することが如何に難度の高いものであるか、あなたに想像出来るだろうか?


 まず、ごみを回収するためには、ごみの落ちている地点まで移動しなければいけない。その過程で、「すみません」だの「失礼します」だのと言って客に気を遣わせるようではプロとは呼べない。彼らの注意を引くことなく、しかも彼らと接触せず目的を達成するのがプロというものだ。


 そのためには、その場と同化することがなにより重要だ。つまり、街路樹や石柱、道端のオブジェになりきる。それらをよけることに抵抗を感じる人間などいない。なんといっても、それは最初からそこにあるのだから。


 そして、プロの掃除人は目的を達成後、素早く次の場所へと向かう。ごみはいたるところに落ちている。こちらでごみを拾っている間に、あちらでごみが落とされるのだ。地面に存在するごみの量を最小化するためには、素早く、かつ的確に持ち場を回る必要がある。


 このように、プロの掃除人となるためには特別の努力が必要とされる。その奥深さにおいては、医者や画家(男は絵が好きだった)、プロ野球選手が求められるものと変わりはない。少なくとも男はそう考えていたし、私としてもそんな気がしないでもない。まあ、しかし、それはどうでも良いことかもしれない。


 さて、ある平日の昼下がりのことだった。


 相変わらず男は、箒とちり取りを手に、園内の地面に目を光らせていた。 その日の男の持ち場はC地区だった。C地区の乗り物は比較的人気が低く、もともと人通りの少ない地域ではあったが、その日は平日ということもあいまって、辺りは男の他に人がいなかった。 男は暇を持て余した。辺りのごみは既に拾い尽くしていた。


 それでも、何周も何周も、自らの与えられた持ち場をぐるぐると回った。 しかし、もう十周は回っただろうから、辺りにはちり一つ落ちていない。ごみが落ちているのではないかという期待とともに、さらに同じ道を通って回っても、やはり何も見つからない。人はおろか、風の気配すらないのだから、それも当然だ。


  同じ道を三十回は通ったかという頃、男は地面に一粒の白い塊を認めた。

 

 ポップコーンだ。


 樹木にカブトムシを見つけた子どものように、男の心拍数は一段上がった。 ああ、あんな所にポップコーンが落ちている。せっかくの綺麗な景観が乱れてしまっては大変だ。それに、お客さんがあれを踏みつけでもしたら、せっかくの楽しい気分を害されるかもしれない。一刻も早く、あの忌々しい塊を取り除いてやらねば。 掃除人は顔を上気させ、目標物との距離を足早に縮めた。


 二十五、十五、十、九、八、七、六… あと一歩というところまでせまったとき、後ろの方でぱらぱらと何かの落ちる音がした。男は不思議に思って我に返り、その正体を確かめようと上半身を捻った。 すると、ひと掴みほどのポップコーンが地面に散らばっている様が目に入った。すぐ近くには一対の足があった。男はそれをなぞるように視線を上へすべらさせた。 その先にあったのは、しわくちゃの老人の顔だった。老人はポップコーンの容器を片手に、地面をじっと見つめていた。


 お気になさらないでください、私が掃除いたしますので。 男はそう言い、散乱した白い粒を手際よくちり取りの中へと集めた。作業を終えると、男は金属製のちり取りをいつもより心持ち勢いよく持ち上げた。ちり取りの蓋が、がちゃりと大きな音を立ててその口を閉じ、男は確かな達成感を覚えた。


 しかし、男がその場を立ち去ろうとした瞬間のことだった。先ほどと同じ量のポップコーンが、老人の手から雪のようにはらはらと落ちたのだ。男は少し戸惑ったが、それを顔には出さず素早く箒を取り出し、黙々とポップコーンを掃いた。


 そして、今度は男がちり取りを持ち上げるよりも少し早く、再びポップコーンが老人の手からこぼれ落ちた。 さすがの男も不審に思った。が、それでも男は何も言わず、淡々と職務をこなした。それが男の役割なのだ。 男は地面を掃きながら、老人の方をちらりと見やった。そして、老人を見て、ついに手を止めた。 老人は、手のひらのポップコーンを故意に落としていたのだ。一定の分量のポップコーンを容器から取り出しては、その塊をはらりと地面にばらまいていた。 男は口を半開きにし、その光景をただ眺めた。 何をしているのだろうかこの人は。ポップコーンをわざと落としているのだろうか。いや、そんなことあるわけがない。とりあえず地面の物を回収しないといけないな。

 

 男は、やはり黙々と体を動かした。長年使い続けた道具には、その先々まで男の神経が行き届いている。それらにはどの程度の長さがあり、どの程度の力を加えればごみがうまく収まるのか、男にはありありとイメージすることができた。男にとって、それは手のひらで物を掴むのと同じ行為なのだ。だから、老人がいくらごみを落とそうと、それを全て集めるのにそれほど時間はかからなかった。


 男がひと仕事終え、ようやくその場を立ち去ろうとすると、老人はポップコーンの入った紙コップを逆さまにした。中のポップコーンは、どしゃ降りのような音を立てて地面に降り注いだ。


 男は確信した。老人の意図はあまりにもはっきりと読み取ることができたので、もはや疑う余地がなかった。


 それでも、老人に文句を言う前に体が動いた。閃光を見ればまぶたを閉じ、ベルの音を聞けば唾液が分泌されるのと同じことだ。それは抗うことのできない、ほとんど強制的な営みだった。


 男がコンクリートの地面を箒でひっかいていると、今度はがさりともう少し大きな音が耳に入った。男は音のする方に目を向けた。すると、老人はまっさらな紙くずを丸めては捨て、丸めては捨てていた。 男の理解を超えていた。男は手だけを動かし、混乱する頭で考えた。


 なんなんだこのじいさんは。人がせっかく掃除をしてやっているというのに。大体、遊園地には一人で来ているのか。辺りに家族はいないのか。呆けてふらふらと迷い込んじまったのか。いずれにせよ、本当になんて神経をしているんだ。そこら中散らかしてどういうつもりだ。こんな輩がいるから世の中は良くならないのだ。性犯罪がなくならないのも年金問題が解決しないのも俺の給料がいっこうに上がる気配がないのも、全てこのじじいのせいだ。ああ、こんな奴この世から消えてなくなっちまえばいいのに。その方がみんなのためだ。こんな奴、生かしておいたところでなんの役にも立ちやしないさ。なんなら俺が今この場でやったっていい。なあに、誰も見てやいないさ。ばれることなんてない。


 しかし男がそれを行動に出すことはない。口を真一文字に結び、自らの責務をただただ忠実に果たし続ける。


 老人は歩き始めていた。そして、どこから取り出したのか、チューインガムや煙草の吸殻、ティッシュペーパーを次々と捨てていった。歩きながらであったので、それらは老人の足跡を辿るように点々と続いた。老人は世の中のごみというごみをどこからか取り出しては下に落とし、男はその少し後ろを追い回すようにしてごみを一つ一つ回収した。道に迷わないよう子どもが落としたパンくずを、小鳥が全て食べてしまう、不気味な童話のワンシーンのようでもある。


 もちろん老人は彼らのように道に迷ってはいないし、男にしても、小鳥の持つ愛らしさからはほど遠いところにいる。ただ、二人を見ていると、あの物語が持つ先の見えない不気味さを連想せずにはいられない。


 男は、老人の後を追ううちに、先ほどの激しい義憤が徐々に静まり、奇妙な快感が自らの脳内へ広がるのを感じた。辺縁系で発せられた快感は脳髄をくぐり抜け、体中にじんわりと染み渡る。男の体はぽかぽかと温まり始めていた。 ああ、なんだか体中が温かい。体の芯から温まる感じだ。そうだな、母親の作ったオニオンスープを冬に飲んだときの、あの感じだ。指の先まで熱が行き届き、眠気にも似た気だるさが襲ってくる。それにしても、あの老人は何者だろう。なぜあんな風にしてごみをばらまくのだろうか。私の迷惑は考えないのだろうか。いや、そもそも、老人は私の存在に気づいているのだろうか。


 男はそう思い、手を止めず、老人へと視線を注いだ。老人は淡々とごみを捨て続けている。アスファルトの上には、大小様々なごみが等間隔に並んでいた。老人は、男はおろか、そのごみに気を向ける素振りさえ見せない。 そうか、あの人も私と同じプロなのかもしれない。仕事の内容こそ違うが、あの躊躇のない、手慣れた動作を見ればわかる。彼もまたプロなのだ。男はぼうっとする頭でそんなことを考えた。


 相変わらず老人はごみを捨て続け、男はその後ろを不格好な小鳥のようについて回った。いつの間にか持ち場を一周し、老人と出会った場所まで戻ってきたようであったが、男の目には映らない。次から次へとごみが捨てられるので、男は忙しいのだ。


 ちり取りは何度か一杯になったが、それはどこかのごみ箱へ捨てればよい話だった。中身をなくすことさえできれば、また新たにごみを収めることができる。とにかく、その場合を除いて、男が老人の背中を離れることはなかった。 ぐるぐるぐるぐる、もう何周回ったことだろうか。日は陰りを見せ始め、オレンジ色の薄い膜が遊園地のアスファルトを覆った。辺りにひと気はなかった。 男はふと、手足が重くなっていることに気がついた。考えてみれば当たり前のことだ。なにしろ、ほとんど半日中ごみを掃き続けたのだから。


 しかし男が動作を止めることはなかった。なぜなら、男はその作業に快感を覚えていたからだ。園内が清潔であろうがそうでなかろうが、男には関係ない。ただただ、ごみを見つけては箒で掃く、という行為自体が楽しいのだ。 男は考えることを放棄し、箒を手に持ち老人の後を追った。


 日が沈み、園内はすっかり暗くなる。男や老人の姿は闇の中へ溶けていく。深い森のような静けさが辺りを覆うと、あとはそれきりだった。

 

 男はもう戻ってはこないのだろう。一度迷い込んでしまえば、二度と森から抜け出すことはできない。誰も手助けはできない。


 せめて私にできることといえば、男が何も気づかないよう祈ることだけだ。男にとっては、いつまでもいつまでも箒を動かし続けることが、おそらくは一番の幸福なのだ。

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